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櫂ミサ/ 俺は、唯一の目撃者となった

pixiv転載

 2月14日。
 皆が何かしらのフラグを期待し、この日のためにアレコレと画策してきた集大成をチョコレートという形にして手渡す季節イベントの日である。
 男共はそわそわと浮足立っているし、女子共も本命と義理の狭間で浮付いている今日。
 三和もいくつか貰ったし、その相手一人一人にお礼を言って、きちんとホワイトデーにお返しをするつもりだ。別にバレンタインに固執するような質ではないが、最低限の感謝の意は述べたいと思うくらいには、三和も今日の日を高校生らしく楽しんでいた。
「三和!明日、何個貰ったか勝負だからな」
「良いけど、勝負にならないと思うぜ?」
 通り過ぎる友人達と軽口を叩きながら、教室へと向かう。階段を上がっていくと、突然上から声をかけられた。
「三和君!」
 見上げると、隣のクラスの女子だった。来たか、と思いながら階段を上りきる。これでカウントにプラス1だ、なんて余裕ぶっていると、予想斜め上四十五度からのアタックを受けた。
「三和君。これ、櫂君に渡してくれるかな?」
「はい!?」
 顔を真っ赤に染めて、袋を突き出している女子をまじまじと見つめる。傍から見れば、バレンタインに肖った告白現場に見えるだろう。
「櫂君、誰からも無視らしくて。三和君なら……」
 藁にも縋る思いなのだろうか。
 貰う側の三和には、彼女の心境は解らないけれど、その必死な思いだけはひしひしと伝わってきた。
 ――馬鹿だな、櫂。断るにしても、せめて受け取るくらいしてやればいいのに。
 一つ溜息をついて、その神袋を受け取る。
「言っとくけど、多分アイツ誰からも受け取らないと思うけど」
「受け取ってくれないなら、それでも良いから!」
 今にも泣きそうだ。俯いているせいで顔は見えないが、細い肩が震えている。本当に、櫂は馬鹿だ。
「三和君が処分しちゃって。要らないなら、捨てても良いから」
 そう言って、彼女は教室に走って行った。渡された袋と、その背とを見比べる。
「……と、言われてもね」
 仕方なく、教室へと向かう。朝からのテンションはどこへやら、一気に気鬱になりそうだ。と、いうのも、櫂が受け取るはずがないのが目に見えているから。そして、何故か俺が一人だけが一抹の申し訳なさを感じてしまうだろうから。
 誰もが甘ったるいオーラを出して、このまま「お付き合い始めませんか」な空気に流されているような空気の中。チョコレーとに興味ない男なんかこの世にはいないって法則が成り立ちそうな空気の中。
 ――いた。
 バレンタインなどお構いなしに、俺に関わるなオーラを出して鉄壁のATフィールドを醸し出している空気の読めない男が、一人。詰まらなそうに、窓際の席に座って外を見ている。
「櫂、おはよう」
「――ああ」
 櫂の周囲だけ、見えない壁が出来たように人がいなかった。いつもの事である。クラスに馴染もうともせず、いつも一人で窓際、一番後ろの席から外を眺めている。詰まらなさそうに、興味がないように。友人といえば、自惚れるつもりはないが間違いなく俺しかいないだろう。
 バレンタインだろうが、クリスマスだろうが、おそらく天変地異が起こってもそのスタンスは変わらないのだろう。
 櫂の机に先ほどの袋を置く。
 胡乱げにそれを一瞥した櫂は、それだけで意味を理解したのか
「捨てろ」
 と一蹴した。
 こうなっては、どう言ったって取りつく島はない。櫂と付き合う上で、最も大事なのは引き際だ。無理矢理押し付けることも出来るだろうが、それをした所で何の意味がないことも理解していた。
「……さようで」
 そのまま、袋は三和の鞄に仕舞われた。
 後で、彼女に返そう。食べても良いと言われたが、人に渡すはずだったものを奪うような真似はしたくない。これは三和の意地でもあり、櫂に対するささやかな意趣返しだ。
「男泣かせというか、女泣かせというか。お前とお近づきになりたい女子なんか、幾らでもいるだろうにな」
「別に、興味ない」
「ふうん。櫂のむっつり」
 殴られた。



 結局、放課後まで。櫂は全てのフラグをばっきばっきと音を立てて折っていった。
 まず靴箱に入っていたものは、飲食類、手紙など種類に関わらず全てまとめてゴミ箱へ。机に仕舞われていた物も然り、ロッカー、鞄、引出し等、以下全て略。呼び出し応じず、手渡し受け取らず。
 ここまでくると、櫂と女子との抗争のようにも見えてくる。鉄壁のATフィールドを前に、悉く捨て切られていく女生徒の姿を、三和は櫂の後ろからこっそりと覗いていた。御愁傷様。人知れず合掌。
 櫂は特に気にした風でもなく学校を後にし、いつものようにカードショップへと向かっていた。その後ろに付いていく。
 カードキャピタルのドアが開く。
 少し時間が早いのか、ショップ内には見知らぬ小学生がちらほらいるだけで、いつものメンバー(アイチとかカツミだとか)はまだ来ていないようだ。
「いらっしゃい」
 カウンターには、ミサキさんがエプロンをつけて座っていた。
「ミサキさん、今日も麗しゅう」
「斬るよ」
「すみませんっした!」
 冗談を一蹴され、思わず頭を下げて一礼する。すると、ミサキさんが手を差し出してきた。その掌には、包装されたクッキーが。
 顔を上げる。
 どうやら配っているらしく、カウンターに置かれた籠の中にはクッキーやチョコレートが詰められていた。
「バレンタインだからね」
 ミサキさんが、事務的に答えた。
 そう、事務的。深い意味はない、事務的なもの。小学生にも、アイチにもカツミにも平等に配られるであろう事務的なバレンタイン。
「ありがとうございます!!」
 それでも、貴重な一個だ。俺は有りがたくそれを受け取る。ミサキさんから頂いたものに変わりはないのだ。
 ふと、振り返る。後ろにいた櫂を、ミサキさんはじっと見つめる。櫂にも手渡そうとして、戸惑ったらしい。
「――こういうのは要らないか」
 そう苦笑して、ミサキさんは手を引っ込めようとした。
 しかし、櫂は興味なさげに一瞥すると、その手にあったチョコレートをひらりと奪う。そうして、何事もなかったようにいつもの席へと歩いて行った。
「あ」
 あいつが、受け取った。
 誰からも受け取らなかった、櫂が。
 むしろ、自ら取りに行った。
 そのチョコレートは事務的な社交辞令で、深い意味はなくて、ミサキさんも仕事の一つとしてやっていただけだ。だから、きっとお互いに深い意味はないのかもしれない。
 俺も、貰ったから?
 それとも、彼女からだから?
「――どうかした?」
 思わず出入口に立ち尽くしてしまった俺に、ミサキさんが声をかけてくる。ミサキさんは、相変わらず平生だった。櫂も、隅の机でデッキを広げている。
「いや、なんでも」
 深い意味はなかったのかもしれない。
 櫂にも、ミサキさんにも。深い意図のない事務的なバレンタインである。
 しかし、あの櫂が貰ったであろう唯一なのは、間違いなく俺しか知らない事実だったのだ。
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