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LastDinner

「司令、お疲れ様です」
 長時間に及ぶ会議からようやく解放され、退席すると、抑揚のない労いの言葉とともにアキトが出迎えた。
「日向中尉。長らくお待たせしました」
「いえ、任務ですから」
 アキトの素っ気ない物言いにも随分慣れたと、小さく苦笑を漏らす。彼のそんな無機質さが、今のレイラにはかえって心地がよい。いまだドアの向こうでは下らぬ保守論や責任逃れの言い訳が罵声混じりに論議されており、先に退出が許されたとはいえ、つんざくような会話を背に、レイラは誤魔化すように苦笑した。
 アキトとは、こうして会議に同行することも少なくない。護衛につけられる人選が限られているという、司令としては些か面目ない理由もあるのだが、たとえ他に人があったとしても彼を選んでいたとレイラは確信していた。
 彼は圧倒的な能力を秘めているが、その踏み込みすぎない性格も好意的に思っている。
「司令に伝言が」
「伝言?」
「スマイラス将軍から先ほど、今夜の会食をキャンセルさせてほしいと連絡が。あとは――」
「どうかしましたか?」
「……あとは、クラウス副司令から。特産のワインを調達してきてほしいと、ごく個人的な命令が届いています。追伸、ウィスキーでも可」
「またお酒ですか。あの方は……」
 軍の配給品は不味くて飲めたものじゃないと言って、レイラの出張にかこつけては、ことあるごとにアルコールを所望するのが常だった。クラウスだけではない。他、アンナをはじめとしたサポートメンバーも、やれ雑誌だ化粧品だと土産を求めている。娯楽が少ない地方勤務だからこそ、労うためにもレイラは極力その要望に応えている。ただ、そんなにパリが好きなら、会議なんていくらでも変わってあげるというのに。
「副指令はさておき、如何いたしますか」
 レイラの苦心を知ってか知らずか、アキトは通信端末を握って指示を仰いだ。
「レストランの予約については、司令に任せると仰っていましたが」
 元々は将軍から昇格祝いをしたいとの招待があり、パリの五つ星レストランで会食することになっていた。だが、お互いに多忙の身だ。キャンセルされることは致し方ないだろう。
 レイラは思案する。
城の帰還は明日の便を予約しており、本日の予定としては、レストランにあるホテルで一泊することになっている。キャンセルするにしても、どちらにしろ夕食の都合はしなくてならない。
――で、あれば。
「中尉、フレンチはお好きですか?」
 レイラの質問の意図を察して、アキトは少しばかり驚いたように僅かに目を開く。だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの冷淡な表情に戻ると「命令とあらば」と事務的に頷くのだった。
 ホテルの外観を見て、流石ですね、とアキトは皮肉めいた感想を漏らした。
一流レセプションとして有名屈指の豪華ホテルで、ホールにいる客も見るからに富裕層ばかり。この場にアキトのような年齢の、それも軍服を身にまとった青年は明らかに場にそぐわない。周囲から奇特の視線に晒されながらもレイラは慣れた様子であり、流石はパーティに軍服で赴くお方だと、妙なところで関心した。
「こういう場では、後ろではなく隣を歩くものですよ」
「ですが」
「私がお誘いしたのですから」
 そういってレイラは笑うものの、無理強いすることはなくアキトの数歩前を歩く。
求めながらも、強要することはない。
あるいは、命令することを恐れているのか。簡単なことなのに。たった一言、隣を歩けといえば、アキトはただそれに従うだけだというのに。
(――仕方がないな)
 諦めるように嘆息する。憮然としつつ隣に並び立ち、エスコートを促せば、レイラは小さく微笑んでそれに従った。
 給仕長に案内されながら、アキトはふと、この給仕から自分たちがどのように映っているかと考えた。
軍服と階級をみれば上司と部下に他ならないが、果たして世間一般でいう司令と護衛とは、二人してこのような場でディナーをするのだろうか。
それも違うように思う。
そもそも上司と一介の護衛は、腕をくんでエスコートしたりなどしないだろうし、同じ席について食事などあり得ないだろう(騎士ともなれば、また扱いは変わるだろうが)。
 案内された予約席は、蝋燭に照らされた個室だった。テーブルの横は全面ガラス窓となっており、ホテルの最上階から市街地の夜景を余すことなく一望できる。
「……将軍が予約しただけはありますね」
 スマイラスの振る舞いに、レイラは苦笑を盛らした。
 席に着いて、何をするでもなく外を眺める。きらきらとした街灯が道路を照らし、幾何学的な紋様を描いている。
「ほんとうに、優美な街です」
 淡々と、レイラが呟いた。その声音から、どこか諦観が感じられたのは気のせいだろうか。
醜いものに蓋をしたような街だと思う。綺麗に着飾ったドレスの下に、いくつもの問題を孕み抱えた国だ。そんな矛盾が透けて見えてしまうから、滑稽で、ただただ空しい絵巻に映る。
「……どちらかといえば、俺はヴァイスボルフ城の風景の方が好きですね」
 別段、フォローするつもりはなかったのだが、なんとなく漏らしたアキトの言葉にレイラは目を瞬かせ、そして小さく微笑んだ。
 ここ最近のアキトの食事といえば、レーションや保存食がほとんどで、インスタント食が最も高級品だった。城に戻ってからはまともな食事に有りつけていたとはいえ、それにしたってここまで豪勢な食事は人生で初めてだろう。豪勢すぎて馴染めぬほどには、おそらく美味いのだろう食事を、黙々と口に運ぶ。
レイラといえば世間話程度の話題を時折振るくらいで、会話らしい会話は特にない。
 食後にふるまわれた紅茶を飲んでいると、レイラは呼びつけたホテルマンからワインの案内を聞きだしている。どうやら律儀にクラウスからの約束を守るらしく、どこまでお人よしなのかと流石に呆れてしまった。放っておいてもよかろうに、頼みを断れないのがこの人の長所であり、また短所だろう。
 ワインを選び終えたらしく、レイラはメニューを給仕に返して言った。
「お待たせしました、中尉」
「ワインは決まったのですか?」
「ええ」
「律儀ですね」
 アキトの指摘にも、「これもまた士気に関わることですから」と真面目に受け答えられてしまい、返答に窮す。――なるほど、根っからの参謀気質らしい。評価を改めた。
「中尉は先にロビーで待っていてください。ワインを受け取ってきます」
 頷いて、アキトはホテルマンに誘われるままレストランを出ようとする。
すると、見送りの支配人がアキトを呼び止めた。
「お客様」
何か、と振り返ると、立ち姿の綺麗な支配人は、あるものをアキトに差し出した。目を見開くアキトに、彼はそっと補足する。
「ご注文いただいたものです」
「……ああ、なるほど」
「如何いたしますか」
 流石に高級ホテル、教育が行き届いているのか察しがいい。
アキトは途方に暮れる。そして、スマイラス将軍の気遣いにため息を吐く。そうして困ったように肩をすくめると、渋々とそれを受け取った。
テーブルマナーに気を遣うような堅苦しい食事は、実をいうと、あまり好きではない。
家柄上、そういったマナー教育は十分すぎるほどに受けてきたものの、形式にこだわりすぎて料理の味なんて少しも楽しめない、というのがレイラの言い分だった。けれど、今回はとても気楽に楽しめたと思う。相手が部下だから、だろうか。
何を考えているのか分からない部分もあるけれど、求めれば答えるし、黙れば寄り従い、決して無理強いはしない。いずれにせよ、彼の近寄りすぎず、かつ遠すぎずの距離感を、レイラが心地よく感じていることは紛れもない事実だった。
ワインとウィスキーを携えて、ロビーへ向かう。
階段を下りると、柱に隠れるようにして紺の群服が見えた。少し歩みを速めて、彼の元へと向かう。
「中尉、お待たせしまし、た……?」
 近くまで寄るにつれて、呼びかけた声が疑問形につりあがる。
 ――アキトの右手には、花束が握られていた。
「……あの?」
「司令」
「は、はいっ!」
 思わず居住まいをただす。
「司令の、昇格を祝って」
 抑揚のない口調で告げると、アキトはそっと花束を差し出した。それをまじまじと見つめて、混乱した頭で尋ね返す。
「……これは、その、私に、ですか」
「他に誰がいますか」
「そ、そうですね」
押し付けられるように受け取る。
それほど派手ではない、白と薄水色を基調とした上品なアレンジメントだ。嫌いではない――いや、むしろ好みだ。押し付けることのない穏やかなバラから、ほのかに甘い香りが漂う。
 アキトが差し出したメッセージカードには、スマイラス将軍の名で、「昇格を祝って」と添えられていた。レイラが顔をあげると、いつもの無表情でアキトは不本意そうにつぶやく。
「将軍ではなく、恐縮ですが。俺で我慢してください」
 まるで機械人形のような口ぶりだったが、気のせいか、少しの気恥ずかしさが感じられた。
先ほど「律儀ですね」と言われたけれど、アキトも十分にその気質がある。わざわざ花束を携えたまま、ホテルのロビーでレイラを待ってくれていたなんて。
花束なんて、あなたらしくないでしょう。
少しばかり面白くて、なぜだか泣きそうになる。
声が震えた。
「……本当は、この昇格は不本意なんです」
「知っています」
「少しも喜べません」
「でしょうね」
 日本人兵士たちの犠牲で成り立った失敗と成功、そんなものは決して功績などではない。自分の背負うべき過ちだ。
今後のためにも拝命はしたものの、祝われる資格なんて、本当はない。
そんなレイラの葛藤に気付いているのか、アキトは小さく、宥めるように呟いた。
「ですが、あなたの地位と権限は、決して部隊の無駄にはなりません」
「……分かっています」
 分かっている。これが必要なことだと、十分に理解している。
レイラは唇を縛ると、たった一人だけ生き残った日本人兵士の見上げる。
 彼は決して、優しい言葉をくれはしない。
「期待していますよ、マルカル司令」
そう言ってアキトは、を見定めるように、不敵に微笑んだ。
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