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遠慮のような薄い壁

櫂ミサというか、櫂→ミサ。
練習に書いたもので、短いです。



 登下校中に顔を合わせることは、そう珍しいことではない。おそらく下校時間がほぼ同じで、なおかつ彼が下校時にミサキの家――あるいはバイト先――に立ち寄る頻度が高いせいだろう。
 たまにばったりと道端で顔を合わすと、なんとなく並んで歩く。が、友人と出会ったという親しいものではない。二人の間には、無言ながらも「無視するのもちょっと変だし」という遠慮のような薄い壁が見え隠れするのだ。会話らしい会話もない。ただ、並んで歩く。
 そして定例句にもなりつつある、近況にも及ばない、短い押収。
「一人なんだ、三和は?」
「置いてきた」
「そう」
 いつも二人揃っているから、つい一人だと聞いてしまう言葉。
 櫂や三和の関係を、少しだけうらやましく思う時がある。気楽というか、気心が知れているというか、とにかくラフな二人の関係がなんとなく良いなあと思うのだ。その点、女子はだめだ。そういう個人プレイが通用しない節がある。
男子だからかもしれないが、三和と櫂はお互いの距離を測るのがうまい。特に三和。櫂と付き合うにおいて、これほどの人材はそういないだろう。
 それに比べ、ミサキは櫂とうまく付き合えない。だって、現に今、並んで歩く二人の間にある遠慮のような薄い壁。
きっと三和なら、この壁もうまく越えられるのだろう。
「仲良いよね」
「……は?」
 何とはなしに呟くと、櫂は怪訝そうに眉根を寄せてミサキを見下ろしてきた。
「誰と、誰が」
「え、あんたと三和」
 他に誰がいるんだと隣の男を見返せば、当の本人はさも嫌そうに顔を歪めている。
「……今の会話で、何故そうなる」
「仲良いなあって思ったからで……なんか変なこと言った?」
 そんなに彼が気にするようなことを言っただろうか。怪訝に思って櫂を伺うと、彼は気難しい顔をしてから、
「……別に」
 と小さく呟いた。声のトーンがいつもより低いのは、ミサキの気のせいではない。
 そうこうしている内に、見慣れたカードショップの前についていて、櫂はミサキを放置してすたすたと中に入っていく。
 仕方なくミサキも、裏手にまわって居住区の勝手口へと向かった。
 仲がいいというのは、何か悪い言葉だったのだろうか。普通、女子なら仲が良いと言われて喜ぶところだけれど。男子の関係は、ミサキにはまだまだ難しいものである。
 

                   * * *


 登下校中に顔を合わせることは、そう珍しいことではない。おそらく下校時間がほぼ同じで、なおかつ俺が下校時に戸倉の家――あるいはバイト先――に立ち寄る頻度が高いせいである。……が、そうとも言い切れないのが実際のところである。
 最初のころは、本当に偶然だった。
 ばったり出くわして、無視するのも憚られるので並んで歩いていた。会話らしい会話もない。しかし、彼女は出会い頭に聞いてきたのだ、「三和は?」と。
 それが、なんとなく気に入らなかった。
 何故、出会って一言目がアイツの存在確認なのだ。
 たしかに、三和と行動する頻度が高いのは、まことに遺憾ながら櫂も認めるところである。
 それが一度くらいならば、まだいい。
 なぜか戸倉は、櫂が一人の時は必ずといって良いほど「三和は?」と聞いてくるのだ。そしてなぜか、あまりいい気分はしなかった。というか、苛立った。
 そして、戸倉との邂逅を何度か重ねるうちに、なんとなく彼女と出会う曜日と時間が分かってきた。
 「今日は戸倉と会うかもしれない日」と気が付き、なおかつ三和が撒けそうなときは少し、本当にほんの少し意識して帰路につく。だから、今となっては彼女との邂逅も、まったくの偶然とも言い切れないのが実際のところである。
 今日も、もしかしたら会うかもしれない、程度の可能性は考えていた。そして出くわして、こうして隣に並ぶ。会話らしい会話もない。ただ、並んで歩く。
 そして定例句にもなりつつある、近況にも及ばない、短い押収。
「一人なんだ、三和は?」
「置いてきた」
「そう」
また、これだ。
そんなに三和にいてほしいのだろうか。確かに、アイツのように軽快な会話なんてできないのだけれど。
三和は、お互いの距離を測るのがうまい。女子高校生はおろか中学生、小学生までからも慕われているのだから、三和のああいう性格は尊敬こそしないものの関心はしている。
それに比べ、櫂はミサキとうまく付き合えない。なにせ現に今、並んで歩く二人の間にある遠慮のような薄い壁。その遠慮は、果たして戸倉が感じているものか、それとも俺が意識しているものか。
すると突然、黙っていた戸倉はぽつりと呟いた。
「仲良いよね」
「……は? 誰と、誰が」
「え、あんたと三和」
 当然のように返されて、櫂は思わず絶句する。
「……今の会話で、何故そうなる」
「仲良いなあって思ったからで……」
 変なことは言っていないかもしれない、けれど。
 なんとなく、その言葉に彼女の羨ましさようなものを感じて櫂は少しだけ歯を噛んだ。羨ましいのは、三和と櫂の関係か。それとも、三和と仲がいいことが、か。
「……なんか変なこと言った?」
 当の戸倉は、櫂の様子をみて困惑している。
 困惑しているのは此方の方だというのに。どうして彼女の些細な言葉に、俺はそこまで思いを巡らしてしまうのか。
 それとも。
 それとも、これが嫉妬だと、認めてしまえば楽なのだろうか。
「……別に」
 どう答えていいか分からなくて、櫂は言葉を濁した。
幸いにも、目の前にはカードキャピタルの出入り口。戸倉を残し、逃げるように中へと入る。
どうしてここまで心乱されてしまうのだろう。きっと三和なら、それすら上手くかわしてしまうのだろうと思い、なんとなく腹が立った。
女子との関係は、櫂にはまだまだ難しいものである。

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