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些か腹が立ったのです

レイラはかつてないほどに困惑していた。
いかにもパリらしい華美な洋服に身を包んだ一般人ばかりのカフェテラスで、どうして私は、日向アキト中尉とテーブルに向かいあっているのだろう。ただでさえ軍服はいやでも目立つというのに、ましてや軍人の男女など好奇の視線に晒されるのは必至だ。周囲からのチラチラとした視線を感じて、レイラは酷く落ち着かない。
そんなレイラの困惑など知ってか知らずか(いや、たぶん気が付いていると思う)、アキトはいつもの淡々とした抑揚のなさで、ウエイトレスに紅茶を注文していた。
「司令」
「は、はい!」
突然声を掛けられて、レイラははっと顔をあげる。
「ドルチェは如何いたしますか」
「あ、ええと……本日のおすすめで……」
すごすごと答えると、「かしこまりました」とウエイトレスは丁寧に頭を下げて退席する。その後ろ姿をみながら、ああ本当に二人きりになってしまったと、レイラは小さく緊張した。
いつものように保身と金と権威ばかりの会議に出席し、アキトを護衛としてつけていた時のことだ。ようやく解放されたとレイラは肩を竦めると、珍しく「司令。少しお時間いいでしょうか」と誘われて、連れだって赴いたのは軍法施設から少し歩いた、大通り沿いのケーキ屋だった。困惑するレイラをよそにアキトは席をとり、周囲の視線に構うことなくオーダーを頼み――そうして今に至るわけだが、レイラにはさっぱり訳が分からない。なんだろう、これ。なんだろう、本当に。
不躾ながらもくるりと周囲を見回すと、周囲の客達がさっと顔を逸らした。軍服の男女が連れ立ってケーキ屋など、たしかに珍しく見えるだろうと自分でも思う。ましてやレイラは上官で、アキトは護衛なのだ。
「あの、どうかしたのですか?」
「何がですか」
何をするでもなく伏せて黙っていたアキトは、レイラの質問にゆるりと顔をあげた。何が、と聞かれても、どう言えばいいのか分からない。
どうして突然、誘ってくれたのですか。普段は勧めても口にしないくせに。
どうしてケーキなんですか。まるでデートみたいじゃないですか。
中尉は今、何を考えているんですか。どうして今、私と貴方は此処にいるんですか。
聞きたいことは山ほどあるけれど、それを口にするのは憚られて、思わず身を引いてしまった。おそらくきっと、たぶん、普通の上官と部下は二人きりでケーキなんて食べないと思うのだけれど、一般的な感覚から少しズレている自覚はあるので「これくらい普通ですよ」と言われてしまえば反論はできない。
口ごもったレイラを見かねたのか、アキトは淡々と尋ねてきた。
「司令、嫌でしたか」
「い、嫌ではないです、けど……突然でしたから、何かあったのかと……」
ケーキ屋に誘うなんて、なんとなく彼らしくないように思う。
そこではっと、レイラは思いつきを口にした。
「もしかして中尉、甘いものが食べたかったとか」
「ありえないな」
「……それは失礼しました」
一蹴したアキトは、ばかにしたように瞳を伏せた。でも、じゃあ、どうして。
そうしているうちにウエイトレスがレイラの前に紅茶とケーキをそっと差し出した。ろくに確認もせずに注文してしまったのだけれど、フルーツの乗ったタルトは色鮮やかで、添えられたクリームもふわふわ。きっとアンナがいたら目を輝かせただろうなと思い、帰りにケーキを持ち帰ろうと密かに心に決めた。
そうして対面に座るアキトを見れば、在りえないと一蹴した通り紅茶のみである。
仕方なく、目の前のケーキに手をつける。ソースとなっているフルーツはほどよい酸味と甘さで、タルトとの相性もばっちりだ。思わず「美味しい」と呟くと、アキトは「そうですか」と相槌をうって、さして興味もなさそうにテラスの外を眺めた。
「さっきの質問ですが、特に深い意味はないんですよ。ただ」
「ただ?」
聞き返すと、珍しくアキトは言葉を濁した。どういえば言いのか逡巡しているようで、困惑げに瞳が揺れている。
「中尉?」
「……ただ、不快にさせたのなら申し訳ありません。差し出がましい真似をしました」
「い、いえ!謝らないでください!」
アキトはどこか不服そうで、どことなく所在ないようだった。
その様子をみて、レイラは少しばかり緊張の糸を解く。もしかして。もしかして、私のために誘ってくれのだろうかと。そんな自意識過剰なことを柄にもなく考えて、でもそれを聞いてしまったらきっと、目前の彼はさっきみたいに否定するような気がした。少しばかり、心が軽くなったと言えば彼は怒るだろうか。
「……そうですね。そう、でした。こんな風にケーキを食べるのなんて、本当にしばらくぶり」
「そうですか」
レイラの感嘆の声にもアキトは「よかったですね」と、どこまでも素っ気ない。
ゆっくり食べよう。彼の気まぐれが消えないうちに、少しでも長くここに居られるようにとレイラは小さく微笑んだ。
[newpage]
[chapter:余談]
日向アキトも、かつてないほどに困惑していた。
いつもの下らない会議だと思っていたのだが、気丈に振る舞う彼女が、珍しく落ち込んでいた。
軍上層部においてレイラの立ち位置がかなり特殊であることは見てとれるし、そこに一部の大人達の反感を買っていることは、しがない一パイロットのアキトでも大よその察しはつく。最新鋭の機体開発には成功し、それを乗りこなすのはよりにもよってイレヴンで、ましてや率いるのはまだ二十歳にも満たない女性仕官なのである。特殊部隊という名をいいことに専用の城塞を宛がわれ、莫大な研究費までも捻出させていることからも、歴史と秩序を重んじる老軍人達の沽券を著しく傷つけていた。
だからこそ失脚を狙おうとする大人達は、粗を探しまわってはレイラを呼びだして何かと責任を負わせたがった。スケープゴート部隊としてはある意味正しい姿なのかもしれないが、あらん限りの暴言を背負うのは目の前の少女である。その細い背に抱える重荷が、アキトにははっきりと見て取れた。
「司令」
「……なんでしょうか」
それでも、こうして呼べば彼女は無理にでも笑顔を作ろうとする。だが、それが少しも上手に笑えていなくてかえって見苦しかった。辛くとも気丈に振る舞おうとしている上官が、上官であろうとしているその姿が、アキトにはただただ滑稽に見えて、無様で、憐れで、そしてどこまでも物悲しい。
泣かない彼女が泣くとすれば、きっとこんな風に肩が震えるのだろうと。そう思ったら、いつの間にか。
「少しお時間いいでしょうか」
「え? ええ、構いませんが――」
「お茶をしましょう」
そんなことを口走っていた。口走っていた自分にレイラは目を見開いて驚き、そしてまたアキトも自分に驚く。
――我ながら、らしくないことをしたという自覚はある。
レイラに「どうかしたのか」と聞かれても、「気が触れた」としか答えようがない。上官に対する行動として行き過ぎてしまったのではないかとの懸念も一瞬過ぎったが、あえて考えないことにした。考えたところで、詮無きことだ。何かと緩いこの部隊では、悔やむほどのことでもないだろう。
思考を放棄するようにレイラをみやれば、流石にお嬢様らしく食べる姿も丁寧で気品を感じる佇まいだった。どことなく上機嫌にみえるのは気のせいではなく、そしてこの選択が間違いではなかったことに僅かばかり安堵する。
時間にして、せいぜい十数分のことである。
あの長い会議に比べれば、短い休息だ。ただケーキを食べ、紅茶を飲んだだけのこと。ただそれだけのことで穏やかになる彼女は、ある意味単純で、ある意味で分かりやすい。なんて楽な人だろうと羨ましく思っているうちに、レイラはケーキと紅茶を綺麗に片付けた。そうして、一言。
「中尉。誘っていただき、ありがとうございます」
まさかお礼を言われるとは思ってもみなかったので、驚きながらも「いえ」と小さく返す。アキトの焦りのような複雑な心境を知ってかしらずか(いや、たぶん気がついているのだろう)、彼女はただ嬉しそうに微笑むばかりだった。その表情をみて、嗚呼、とまた安堵する。おそらくこれで良かったのだ。そうして納得し、アキトは溜飲を下げた。
「ただの気まぐれですよ」
そう。ただの気まぐれだったのだ。
深い意味など何もない。ただ、無理に笑おうとする貴女に、些か腹が立ったのです。
 
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