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さぁ。本を読みましょう

練習で書いたヒナナミ。



「やめて!おやめください……!!!」
「なにをいうか。おまえの身体はこんなにも正直に喜んでおるわ」
 国王は私を寝台に押しつけると、強引に肌へと触れてくる。
 下女という立場以上に、女としての本能が目覚めさせられ、拒もうとすればするほど、太い指が――
 
「……なんて本を読んでるんだ、あの王女は」
 げんなりと息をついた。思った以上に、内容が過激である。
 主人公は王城でメイドとして働く女性。その彼女が、同僚や臣下との恋模様に葛藤し、あげく国王にまで言い寄られるという昼ドラ視聴層が喜びそうなストーリーだ。ソニアからは「真実の愛を発見する純愛ストーリー」と聞かされていたのだが、いまのところ純愛要素がどこにも見つからない。ましてや、これを真面目くさって読んでいる本物の王女様にもいまひとつピンと来ない。
 溜息をついて、ばたりと本を閉じた。目の前には、これの続刊がずらりと並んでいる。まだ一巻だというのにクライマックスのような展開ばかりが続いていたので、流石に疲れた。
「どうやれば、ここから純愛エンドに発展するんだよ……」
「怪しい分岐前のこまめなセーブは基本だよ?」
 突然後ろから声をかけられて、思わず本を落としそうになる。振り返ると七海が俺のすぐ後ろに立っていた。
「な、なんだ、七海か」
「恋愛ゲームの話しかな?」
 ぐいっと身を乗り出してくる。詰まった距離にどぎまぎしつつ、あくまで自然に答えた。
「本だよ、ソニアから借りたんだ」
 七海にも見えるように、手元の本を持ち上げた。ゲームのことだと勘違いしていた彼女は少しだけ残念そうにしてから、不思議そうに首を傾げる。
「日向君、読書もするんだね」
「まぁ、暇だったからな」
 嫌いというわけではないが、特別読書が好きというわけでもない。こうして読書に耽るのは、この島では初めてかもしれない。
「どんな本なの?」
「ど、どんな本だろう……」
 メイドが主人公の王宮ロマンス――と言えばソレっぽく聞こえるのかもしれないが、ロマンスという括りにしてはちょっと、なんというか、どうだろう。ロマンスというには多少疑問の余地が残る。それくらいには表現が官能的、一言でいえば「生々しい」に尽きる。
 確かに、決してつまらなくはない。さほど活字に強くない俺でもこうして読み進めているのだから、そういう意味では面白い部類に入るのだと思う。だが、
 どう説明するべきか分からず、仕方なく本ごとを差し出した。受けとった七海は、ゆっくりと最初の1ページに目を通す。そうして2ページ、3ページ。そして4ページ目と、意外にもゆっくりとページを進めていく。
「……読むか?」
「うん」
 即答され、思わず目を見張る。ソニアはまだしも、七海までとは予想外だった。女性はこういうのが好きなんだろうか。だとすれば、俺が思っている以上に女性は過激なのかもしれない。
 あと数分もあれば、一巻は読み終えるだろう。借りるときには薄いペーパーバッグだからと油断していたが、机にはシリーズとしてあと十数巻が積まれており、その上「絶対に九巻まで読んでくださいね!第二部からが一番面白いんです!あとで感想語りましょう!」という所有者の熱弁入りなのだ。
 すっかり夢中になっている七海に苦笑して、声をかけた。
「ちょっと休憩するか。七海、なにか食べるか?」
 提案すると、彼女は忘れてた、と小さく呟いて後ろのリュックに手をかける。
「アイス持ってきたんだ」
 取り出されたのは結露のかかった白い袋。食べよう、と言われて頷いた。たしかに、今日は猛暑日だ。室内とはいえ容赦なく照りつける日光に嫌気がさしていたので、ありがたく頷く。
「日向くん、どれがいい?」
「何があるんだ?」
「バニラと、バニラと……バニラだね」
「……じゃあ、バニラで」
「はい」
 蓋をはがす。俺のはスプーンで食べるカップもので、七海が持っているのはバーに刺さったバニラアイスだ。
 木製のスプーンは、さくりと突き刺さった。少し時間が過ぎているせいか、淵から溶け出したアイスがどろりと液になって溢れてくる。
「やっぱり、ちょっと溶けてるね」
 そう言って、七海はぺろりとアイスをなめた。
 薄桃の唇から、艶っぽい舌が延びてアイスに辛み着く。唇に入らなかった白いバニラが、だらりと手の甲へと垂れ下がっていった。その白い一滴を、彼女の小さな舌がぺろりと舐める。
「日向君?」
 不思議そうに、七海が顔を覗き込んできた。
「あ、いや、悪い。ぼうっとしてた」
「顔が赤いよ?」
「――ああ、かもな。暑いしな」
 暑い。熱帯地域と紛うほどの猛暑に、ついに頭がやられたのかもしれない。沸騰した脳みそは思考を放棄させ、くだらなくて情けない妄想ばかりに耽っている。これじゃソニアのことを馬鹿にできないな、と他人事のように思った。我ながら情けない。
「そうだね。これ食べたら、涼しい部屋で一緒に読もう」
 頷く彼女を横目に、手元の本をみた。この生々しい本を読んで、七海はどんな感想をもつのか。むしろ官能小説をよむのか。一緒に。あくまで女性向けのペーパーバックだが、このメイドが王宮の紳士達に犯され続ける姿を、七海と一緒に読むのか。読めるのだろうか。俺が。
 また顔に熱があがる。
 内容なんてすっかり飛んでしまった。沸騰したこの頭では、活字なんて追えそうもないというのに、彼女は楽しそうに本を見つめている。
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