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櫂ミサ/ 文庫本一冊と400円の珈琲

pixiv転載

大会に進んだチームQ4は、強豪という強豪に揉まれながらも今の所は駒を進めている。当然その途中にも色々あったし、まだ解決していない問題もいくつか残ってはいるけれど、新設のチームということを鑑みれば当然だ。
(――問題だらけだし)
例えばそう、メンバーの不仲とか。
ミサキはふっと息をついて、珈琲に口をつけた。
元はといえば、叔父であるシンが常連客から選りすぐった――言い方を変えれば寄せ集めたチームである。そこには信頼とか信用というチームに必要な根本的な部分が、根源的な部分から欠如していた。
だから、あのカムイが櫂に反発してしまうのも、無理はない。彼はまだ小学生で、櫂は高校生なのだ。
しかし、別に嫌いあっているのかと聞かれれば、ミサキは即答で否定できる。
櫂が言葉少なにアイチの成長を待っていることには気付いているし、理解しあえていない部分があるだけで、互いが互いのことを蔑ろにしているはずだ。そういう部分が小学生には難しいところなんだろう。
いずれにしても、こうして時間を共にすれば分かりあえることもあるし、そもそも全てを解ろうとすることが無理な話しなのだ。アイチが良い緩衝剤にもなっているし、今は不完全なのは否めないが、行く行くはチームとして形になっていくのかもしれない――
と、ミサキは静観を決め込んでいる。

――けれど。

けれども。
確かに嫌っていることはないけれど、「寄せ集め」で「不完全」かつ「チームとしての根本的信頼がない」事実は変わらないわけで。


今、ミサキと櫂は、会場内の喫茶店に二人きりで座っていた。
まずカムイがナギサから逃げるため忽然と消えた。カムイを探しにアイチが離脱。シンは二人を残し、仕事関係の知り合いに挨拶にいった。残されたミサキと櫂は、荷物を見ているという名目で、喫茶店で顔を突き合わせている。
「……」
「…………」
「……」
会話がない。
元々喋るほうではないし、会話がないこと自体は別に苦痛ではないが、緊張はしていないけれど意識はしている。
会話をしなくていいというのは、気楽でもあるし、気重でもある。そもそも同世代の男の子となんて、ろくに喋ったこともないから、どんな話題を投げればいいのかもわからない。
ミサキは手持無沙汰に読んでいた文庫本からそっと前に座る櫂を伺うと、櫂はうつらうつらと瞳を閉じて眠っていた。
(……睫毛、長い)
整った顔立ちをしていることは知っていたが、こうして観察してみると余計に容姿が際立ってみえ、モデルか何かをしていても納得するくらい、立ち振る舞いが堂に入っている。
顔立ちは綺麗だし、それでいてファイトは強いし、三和から勉強もそれなりにできると風の噂に聞いている。今のところ、櫂トシキという人間の欠点はどこにも見当たらなかった。モテるだろうな、と他人事のように考えてしまう。
「もったいない」
彼はもっと喋るべきだと思う。
彼がどこまで何を考えているのか、ミサキには推し量ることもできないが、しかし周囲にうつる櫂トシキの評価は本人の人柄と決してイコールではない。周囲が思っている以上に、彼は高校生らしい男の子だ。少なくともミサキはそう思っている。
櫂 がもっと会話をすれば、チームQ4はチームとしての体制を持つような気がしていた。櫂が中心になって先導すれば強いチームになるはずだが、彼はそれを望ま ない。望まずにただ行動で示すだけだから、そういう部分が小学生のカムイにはまだ難しいのだろう。反発も仕方ないと思う。
勿体ない。
本当に、勿体ない。
まじまじと観察していると、眠っていた櫂がそっと瞳を開いた。
「……なんだ」
深緑の瞳が胡乱げにミサキを伺って、思わず身構える。
「あ……、その、ごめん」
言い訳もできず、素直に謝ると櫂はすぐに視線を逸らした。
起きてしまったのか、それとも起きていたのかは解らないけれど、ミサキはまた沈黙に意識を戻す。
「起きてた?」
おずおずと尋ねると、櫂はぐっと伸びをしながら答えた。
「いや、寝てた。今何時だ」
「三時過ぎたところ」
壁の時計をちらりと見やりながらも、櫂はあくまで平生だった。いつもと何等変わりない櫂の姿に、ミサキは少しだけ安堵する。
シンさん遅いな。アイチも来ない。カムイは見つかったんだろうか。
すっかり温くなった珈琲は、もう飲む気になんてなれない。じっとその茶色い水面を見つめて言葉を探していると、突然櫂の手がするりと伸びる。
「あ」
そして、ミサキが持っていた文庫本を奪った。
呆気にとられるまま、ミサキは反対側のテーブルへと取られてしまった本を眺める。櫂は何食わぬ顔をして、ぱらっと1ページ目を開いた。そのまま、まったく興味の素振りも見せない表情で行を追っていく。
とつぜん手持無沙汰になったミサキは、驚いたまま声をかける。
「……本とか読むんだ?」
「別に。たまに暇潰しに読むくらいだ」
そのまま、櫂は黙々とページを捲り始めた。長い睫毛がそっと伏せられ、本に集中していく。その空気に、声をかけられるのも憚られた。
だから、なんとなく……本当になんとなく、今日は良い天気ですね、くらいの他愛のなさで、それでいて僅かな緊張を隠しながら、ミサキはそっと提案する。
「貸そうか、それ」
「ああ」
櫂は、いたって平生で頷いた。あまりにも自然で、聞き逃してしまいそうなほどにさらりと頷いた。
まさか彼が素直に借りると言い出すなんて思ってもみなかったので、自分で提案しながら自分で驚く。
こちらの些細な緊張なんて、まるで解っていない。お互いの距離感に悩みながら、近くもないのに遠くもないこの立ち位置に若干の戸惑いを隠しつつも、なんでもない振りをしてただのチームメイトとしてあろうとする。
友情から成り立ったわけでもない。叔父が選りすぐった――言い換えれば寄せ集めた――チームは、どうやって仲を深めていけばいいのだろう。
櫂は、ミサキの感情になんて気付くはずもなく、淡々とページを捲っていく。
温くなった珈琲に手をつけようとしたところで、タイミングよくミサキの携帯が鳴る。ぱかりと携帯を開くと、シンからのメールだった。
「終わったって。裏の出口で集合」
「そうか」
二人は席を立つ。
ミサキが荷物をまとめていると、いつの間にか櫂はテーブルにあった伝票を持って行ってしまった。そうして当然のように二人分のコーヒー代を出している。
驕られる理由なんてない。たった400円の珈琲代だけれど、別に彼に出してもらう義理なんてない。しかし、此処で食い下がるのも余計に変なような気もした。
友人でもないし、クラスメートでもないし、全くの他人でもなく、ましてや恋人でもない。チームメイトらしい関係はどうあればいいのだろう。どうあれば、どういう形が、どういう姿が、チームメイトなのか。
先に店を出た櫂の後を追う。
こうして時間を共にすれば分かりあえることもあるのだろうか。こうして時間を共にして、一つずつ分かっていけるだろうか。
少なくとも、今の櫂とミサキの関係はあまりにも遠い。
――文庫本一冊と400円の珈琲。ただそれだけが、二人の確かな繋がりだった。
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