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櫂ミサ/ 「作れと言ったのはお前だからな」

勢いだけで書いたバレンタインネタ




しまった、と思った時には大抵遅いものである。
「……」
「……」
 特設コーナーの前で、ばったりと出くわした見知った女子高生に、櫂は思わず凍りついた。いや凍りついているのは目前の女子高生――戸倉ミサキも同様で、互いにピシリと音をたてたまま硬直していた。
 彼女の趣味が読書だと、ここ数カ月の行動から十分に把握している。だからカードキャピタルから一番近いここの本屋で出会ったこと自体は、偶然とはいえも無きにしも有らずな展開。想定できる範囲内だ。
 本屋で偶然出会ったことはともかくとして。
 問題は「男性から送るバレンタイン―本格編―」という、いかにも「これからバレンタインに向けて準備しています」と言わんばかりな本を、櫂が持っていたことである。構図的に如何なものだろう、これは。
「……作るの、アンタ」
 戸倉がぽつりと呟く。
 若干引いたような声音になっているのは、決して気のせいではない。
「いや違う」
 即答できっぱりと否定して、櫂はぱたんと本を閉じた。
 櫂だって、もし三和がこんな本を読んでいたら引く。必死すぎて気持ちが悪い。こういうのは、もっと家庭的な雰囲気の――そう、例えばあの店長とか、とにかくそういうキャラの人間がやるべきことだ。少なくとも、俺のイメージではない。
「メニューとして気になっただけだ」
「……ああ、そういや料理好きだったもんね」
 我ながら言い訳がましい言葉を濁せば、とりあえず彼女は納得したらしい。そうして戸倉は、数歩寄って櫂の隣に寄った。
 彼女の左手には数冊の文庫が握られている。別にバレンタインの特設本に用事があったわけではないらしく、興味なさげに櫂が持っていた本をぱらりと捲った。
「最近は男性用のバレンタイン本もあるんだね」
 戸倉は関心しながら、「あ、これ美味しそう」などと呟いている。
 それを聞き流しながら、どうにも居心地が悪くて櫂は身じろぎした。傍からみれば、バレンタインコーナーで計画をたてる男女に見えなくもない。現に、買い物中だろう見知らぬ主婦が「若いって良いわねえ」と言わんばかりの笑みを浮かべながら二人の後ろを歩いていった。
 ちらりと横目に戸倉をみれば、そんな視線に特に気が付いていないようでパラパラと本を捲っている。勘弁してくれ。
「――もう、よせ」
 うんざりと息をついて、戸倉から本を取り上げた。
 そうして元の場所に本を置く。
「作らないの?」
「俺のイメージじゃない」
 料理は好きだがそれを振る舞う相手はおらず、いまのところこの趣味は自己満足の域だ。何より甘いものが好きではない。ただ調理という無心になれる時間が好きなだけで。
 この本を手に取ったのも、別に菓子を作るという目的があったわけではなく、「男性から」と銘打っている本は普通のチョコレート特集本と何が違うのかという純粋にしてくだらないただの好奇心だ。
 バレンタインなどこの十六年の人生で特に意義のある行事ではなかったし(もらうことはあったが)、おそらくこれからもそうだ。縁のない世界に、なにも自ら飛び込まなくてもいい。
 本を戻してから、戸倉の横をすり抜ける。背中ごしに「帰る」と伝えたところで、戸倉はぽつりと呟いた。
「作りたいなら、作ればいいのに」
「……」
 思わず振り返ると、戸倉の深緑の瞳とかち合った。
「勿体ない。得意なんでしょ」
 ――ああ、得意だ。クラスの女子よりよっぽど美味く、下手な市販品よりも綺麗なものを作る自信はあるさ。
 櫂はその言葉を飲みこんだ。
 一瞥すると、本屋の出口へと向かう。
 彼女の言葉が後押しとなるように、出口へ向かう。
 
 
 
 
 
 行事があっても、時間は規則正しく時を進める。
 一時の賑わいなんておかまいなしだ。朝から浮付いている男子と女子の間をすり抜けて。なんだか楽しそうな周囲の友人たちに少しばかり羨ましさを感じていたのも事実だが、それでもなんとなく他人事感があったのは否めない。
 とにかく、バレンタインに疲れていた。
 なぜだか知らないが例年、女子という女子からチョコを渡されるので(中には本命らしいものもいくつかある)流石にバレンタインもうんざりだ。
 長居すればするほどチョコが増えていきそうなので早々に帰宅し、ミサキはバイト先のカウンターへと逃げ込んだ。
 バレンタイン。どうして人はこういう行事に流されてしまうのか。嫌いではないけれど、過度な熱はかえって困る。女の子に告白されても、いったい私にどうしろと。
 げんなりと溜息をつきながらエプロンをつけていると、店のドアが開く。
 条件反射のように振り返ると、そこにはすっかり常連となった櫂が立っていた。
「いらっしゃい」
 無愛想ながらも見た目ばかりは秀麗なこの男。おそらくモテているだろう彼のがどのようにしてこの行事を抜けているのか。少し興味があるような、ないような。
「今日は早いね。まだ誰も来てないよ」
 どうせいつもの席にいくのだろうと思っていると、彼はカウンターへと歩み寄ってきた。どうしたのかと櫂の表情を伺えば、目の前に白い箱を置かれる。
 小さい箱。ケーキ屋さんにあるような、白い箱。カップケーキ一つ分くらいの、白い箱。仄かに甘い香りがするような、白い箱が目の前に。
「会心の出来だ」
「……え?」
 これは、もしや、やはり。
「作れと言ったのはお前だからな」
 そう言い残すと、まったくついていけないミサキを一人残して櫂は店を出て行った。
 一瞬のことだった。
 ちらりと箱をあけてみると、ムースのような丸いケーキが一つだけ入っている。驚きで声がでない。働いていない思考回路をかき集めて、とりあえず冷蔵庫に入れなくては。しかし足が動かない。
 カウンターにおかれた白い箱が、まるで何かの凶器のようにも見えてきたがそんな訳はなく、それどころか美味しそうな甘い香りを放っていてミサキを誘惑している。
「……作ればとは言ったけど、欲しいなんて言ってない……」
 茫然と呟いた。
 顔が熱い。だってこんな展開、全く考えていなかったんだから。
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